第二歌集『水に沈む羊』
2016年2月24日刊 港の人
ISBN978-4-89629-310-4
販売価格 1,200円(税別)
第1回高志の国詩歌賞(富山県主催)受賞作!
◆リンネノハテクション
祝福よすべてであれと病む肺のやうな卵をテーブルに置く
発車したバスがつくつたさざ波は自分を水たまりと知らない
駅前のバスプールより見えてゐた塾数軒のまばらな光
倉庫街にプレハブ建てのラーメン屋一軒ともりはじめる日暮れ
◆THE EDGE
棄てられた草原、そこに降り注ぐ星のひかりを愛さう、せめて
かつてここに棄民は居たり旋回をはじめし鳶の影の真下に
ガソリンはタンク内部にさざなみをつくり僕らは海を知らない
ふるさとがゆりかごならばぼくらみな揺らされすぎて吐きさうになる
また塾ができたねこの街の夜はさながらこどもたちの王国
◆ふたりぼつちの明日へ
食パンの耳の額縁そのなかに少し呆れた顔のモナ・リザ
ほぼ同じ速さで午後の公園を並走しをり蝶とシャボンが
葡萄色の産科医院へ告げに行くずつとふたりで生きてゆくこと
てのひらが白く汚れることだけを確かめこんな泣きたい自慰が
電灯をつけよう参加することがきつと夜景の意義なんだから
つまづいた俺の手をとり引き上げて世界はふたりぼつちの明日へ
◆水槽
水に沈む羊のあをきまなざしよ散るな まだ、まだ水面ぢやない
屋上から臨む夕映え学校は青いばかりの底なしプール
便器の底の水の向かうにしらじらと顔を蹴られてゐる僕がゐた
あいつらの言葉は鼠となり僕の血管を這ひ回る朝まで
◆球根
球根の根が伸びてゆく真四角の教室にそれぞれの机に
周遊する肺魚のやうにぬらぬらと試験監督きびすを返す
傷を無理に隠して過剰包装の小さな箱を教室と呼ぶ
べたついた悪意とともにつむじから垂らされてゆくコカ・コーラゼロ
体内の浮き袋ごと潰さむと腹なぐりあふ少年たちは
校庭に巻くつむじ風みんなあれが底なき渦とわかつてゐたのに
◆腐遊
整然と並ぶ机の隙間には無数の十字架(僕には見える)
ニット帽脱がないでまた怒られてそれでも黙る補聴器のこと
うつくしく凪いだ水面を見に来ては手を差し込まず帰るよどうせ
焼却炉は撤去されたが校庭にまだ感情の燃えかすは舞ふ
初出一覧(いずれも一部改稿を含む)
■辺境
・リンネノハテクション 「かばん」二〇一二年六月号
・夢の氷河史 「角川短歌」二〇一三年七月号
・鉄塔の見える草原 「アークレポート」三号
・シーズンオフ 「角川短歌」二〇一四年八月号
・テナント 「北大短歌」二号
・THE EDGE 「北大短歌」創刊号
・透明な空襲の朝 「角川短歌」二〇一四年一月号
■長歌 啄木遠景 「アフンルパル通信」十三号
■バイパス・ラヴ
・青空依存症 「角川短歌」二〇一三年一月号
・アイム・ノット・ザ・マン 「かばん」二〇一三年四月号
・コインランドリー八景 「かばん」二〇一三年八月号
・ふたりぼつちの明日へ 「歌壇」二〇一四年五月号、「角川短歌」二〇一四年十一月号を再編
■水に沈む羊
・水槽 「短歌往来」二〇一二年一月号
・球根 「短歌研究」二〇一三年十月号
・腐遊 「文學界」二〇一五年八月号